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肩関節の関節鏡視下手術を始めました

整形外科 下川寛一

 肩関節痛は「痛みで眠れない」「動かすと痛くて手が使えない」等の症状により生活の質を大きく損ないその原因も多岐に渡りますが,「五十肩」「肩こり」として見過ごされていることも多いのが実情です。

 中高年者では腱板断裂や凍結肩(肩関節拘縮),上腕二頭筋長頭腱障害,変形性関節症,石灰性腱炎などが,若年者では関節不安定症(反復性脱臼や亜脱臼)や上方関節唇損傷などが代表的疾患です。

 診断後の治療は外来通院にてエコー機器を用いての注射療法や運動療法(リハビリテーション)が主体ですが,改善が見込めない場合には手術が有効です。肩関節は重要な筋肉や神経が進入路近傍に存在し,また肩甲骨の突起に囲まれた深部にあるため視野が不良で切開して行う直視下手術には適しません。そのため関節鏡という内視鏡を用いて多方向から関節にアプローチし,明るい視野での正確な診断と精密な組織修復を可能とする関節鏡視下手術が現在の標準的術式となっており,人工関節以外の全術式に適用可能です。

当院でも肩関節の鏡視下手術を開始しました。代表的な対象疾患についてごく簡単に紹介いたします。

(1)肩腱板断裂 (図1-4)

中高年者の代表的疾患です。肩関節は股関節などと異なり非常に不安定な構造であり,これを補完しているのが「腱板」といわれる小さな筋群と関節包です。腱板断裂は肩を酷使するアスリート等では20代でも生ずることがありますが,通常は40台以降に多く見られます。

鏡視下手術は7mm程度の切開を肩の周囲に合計4-5か所加え,そこから内視鏡と鉗子類を挿入して断裂した腱板を上腕骨に固定するということを行います。固定には通常スーチャーアンカーという留め具を上腕骨の腱板固定部位に複数個埋め込んで,それに通っている縫合糸や縫合用テープで修復します。

このスーチャーアンカーは数年で骨に置き換わる吸収性複合素材のものを主に用います。

 図1 左肩腱板断裂術前MRI画像(矢印:断裂部) 図1 左肩腱板断裂術前MRI画像(矢印:断裂部)

  図2 左肩腱板修復後MRI画像(矢印:修復腱板)

  図3 左肩腱板断裂関節鏡画像:腱板断裂により上腕骨頭が露出

  図4 左肩腱板修復後関節鏡画像:腱板に覆われた上腕骨頭

(2)肩関節不安定症 (図5-6)

若年者の代表的な病態です。外傷性の脱臼や亜脱臼と,体質的に関節が緩いために脱臼してしまう非外傷性不安定症とがあります。手術の良い適応は前者の外傷性不安定症ですが後者でも手術を行うことがあります。

鏡視下手術は7mm程度の切開を通常前方1か所と後方2か所,計3か所加えて損傷した関節包靭帯を十分に肩甲骨から剥がし,前述のスーチャーアンカーを複数個骨に埋め込んでそれについている縫合糸で靭帯を緊張させることで関節を制動するようにします。ハイリスク例では補強手技も追加可能です。

  図5 右肩外傷性不安定症の関節鏡画像:左1/3が骨片を伴う損傷部位

  図6 アンカーを2列に用いて損傷した靭帯を骨片ごと修復後。

  図7 右肩関節拘縮例の関節鏡画像。関節炎(滑膜炎)で赤くなっている

(3)肩関節拘縮(凍結肩) (図7-10)

肩関節はもともと多方向に広く動き自由度の大きい関節ですが,関節包が縮小し固くなってしまい痛みを伴うのがこの“真の五十肩”です。糖尿病があると難治性になり易く注意が必要です。凍結肩では関節炎が高度に生じており,関節内は炎症で赤く腫れ上がっています。

初期で軽症であればリハビリテーションで加療しますが,ある程度以上の拘縮では神経ブロックを行って無痛としたうえで関節包をストレッチする“非観血的授動術(マニピュレーション)”を外来診察室で行います。これにより拡大した可動域を維持すべくリハビリテーションを継続します。

重症になってマニピュレーションによっても拘縮が解除できない場合などは,鏡視下手術の適応となります。厚くなった関節包を内視鏡で見ながら,腋窩神経に注意しつつ全周性に切開して広げてやります。これにより完全に挙上出来るようになり,リハビリテーションもしっかり行い可動域を維持するようにします。関節包切開により生じた隙間には関節包が再生しますので心配は不要です。マニピュレーションでも鏡視下手術でも,関節拘縮が解除されると痛みは劇的に改善します。

  図8 下方関節包の切開中

  図9 下方関節包切開後。露出した腋窩神経

  図10 鏡視下授動術終了後。切開した関節包に生じた間隙

以上代表的な3疾患に対する関節鏡視下手術についてごく簡単に紹介しました。

当然ながら治療にはまず正しい診断が重要ですので,肩関節痛でお困りのかたは水曜日午前中の整形外科外来にてご相談をお願いいたします。また術後の運動療法は通院終了後もご自身で継続することが重要です。

なお手術の麻酔は全身麻酔でも可能ですが,現在ではエコーガイド下の末梢神経ブロックが進歩しており神経ブロックに軽い鎮静を加えた麻酔でもじゅうぶん手術は可能です。神経ブロックの効果はだいたい翌朝まで持続し,以前のように術後の痛みで苦しむことはほぼなくなりました。この方法ではベッド上安静や絶食,排尿,持続点滴,深部静脈血栓症予防処置といった術前後の制限や処置もなく非常に快適で安全に過ごしていただけます。